えふじん

よく生きるためのきっかけ探し。自由を求めて。

カントリーマアムの小袋と制作者の心の闇

ひとりで暮らす身にとってお菓子のファミリーパックは贅沢な存在だ。ある日、仕事終わりに立ち寄ったスーパーマーケットでスチールワゴンに積まれたカントリーマアムの山を見つけた。20枚入りのファミリーパック。バニラ味とココア味がそれぞれ10枚入っている。ということは、職場に毎日バニラ味とココア味を1枚ずつ持って行けば10日分のおやつになるわけである。

 

しかもその日はお買い得らしかった。私はどちらかといえばショートブレッドのようなさくさくほろほろとした食感のほうが好みで、実をいうとアメリカンなチャンククッキーには抵抗があった。しかしパッケージにはサックリ!なのにしっとり!との表記がある。つまりさくさく要素もあるのである。私は買うことにした。

※画像は楽天市場にリンク

 

翌日からカントリーマアムが仕事中のおやつになった。就寝前にバニラ味とココア味を1つずつ、忘れないよう鞄へ入れた。そして決まってココア味から食べた。バニラ味のほうが好きだったのである。しっとりクッキーも悪くないと思い始めていた。そんな日が4日ほど続いたころであろうか。コーヒーを飲みつつ鞄から取り出したカントリーマアムの小袋をふと見てみた。私は発見したのである。小袋には顔があった。

 

f:id:miyako2911:20170503163510j:plain

f:id:miyako2911:20170503170256j:plain

 

私はすぐさま写真に収めた。隣で仕事をしていた同僚はおそらく何事かと思ったであろう。もっとも彼女は何も言わなかった。彼女と私の間には見えない確執があるのである。何をしてるのと彼女のほうから声をかけ雑談を始めることはすなわち敗者となることを意味する。しかしそんなことはどうでもいい。たった今見つけたカントリーマアムの粋な計らいに私はただ感動していた。

 

帰宅後さっそくまだ残っているカントリーマアムの小袋を広げてみた。どの小袋にも顔があった。私は狂喜した。かわいいのである。にっこりと微笑んでいるものもあれば楽しそうに歌っているものもある。私は彼をカントリーマアムくんと呼ぶことにした。カントリーマアムくんはたまに食べられる。食べられる間、てれているのである。

 

f:id:miyako2911:20170503163634j:plain

f:id:miyako2911:20170503163730j:plain

f:id:miyako2911:20170503163857j:plain

 

カントリーマアムくんを発見したことに私はすっかり浮かれていた。仕事中ではなかったが、夕食後にもひとつ食べることにした。ファミリーパックにまだ複数入っていた歌うカントリーマアムくんを選ぶ。ココア味であった。

 

f:id:miyako2911:20170503164000j:plain

 

揚々と歌うカントリーマアムくん。

 

f:id:miyako2911:20170503164042j:plain

 

口の中に残っていた夕食の塩味がしっとりと甘いカントリーマアムを求めているのが分かった。動物的な欲求に促されるように私の手が小袋の封を切った。ココアと砂糖の幸せな香りが鼻の前に小さく広がる。クッキーを取り出すため私は小袋に目をやった。そうして気がついたのである。私は驚愕した。カントリーマアムくんは、切断されたのである。

 

f:id:miyako2911:20170503164133j:plain

f:id:miyako2911:20170503164215j:plain

 

一瞬のうちに発見の喜びが恐怖に変わった。カントリーマアムくんは小袋の右上に描かれていたのである。OPEN の文字のちょうど下部。つまり指示通りに封を切れば必然的に裂かれてしまう位置である。カントリーマアムくんは表情豊かだ。小袋のひとつひとつに丁寧に描かれている。しかしそれは見る人を楽しませる粋なおもてなしでは決してなかった。

 

OPEN の文字が顔を切り裂くという冷酷な行為へと誘導し、まさに今食べようとする人々の楽しみを陰鬱な罪悪感へ変換する邪悪な発想だったのである。小袋には表面の右上以外にも余白があるのだ。顔が切断される個所にあえて置く必要は全くない。私はここに、制作者の心の闇を見た。

 

カントリーマアムくんは、犠牲者である。

 

 

まとめ買いもできるよ。