えふじん

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親に感謝できないなら無理にしなくてもいい

突然ですが、「父の日・母の日」という言葉を聞くとなんだかもやもやしてしまう人はいませんか?

 

私はずっとそうです。親に「ありがとう」と言ったりするのも苦手です。恥ずかしいわけではなくて、ざわざわする感じ。

世間一般的にも親に感謝するのは良いことだとされてるし、そうして当たり前という風潮もあります。

 

でも最近やっと、親に感謝できないなら無理にしなくてもいいんじゃないかと思い始めてちょっと楽になったので、今日はその話をしたいと思います。

 

なぜ親に感謝できないのか

 

私はずっと、これまで育ててくれた親に感謝できない自分はだめなやつだと思っていました。まわりの友達の親孝行の話を聞いたり、当の親本人からも「感謝しなさい」と言われていたのでそうすることが当たり前だと思ってた。

 

でもあるとき、なんで感謝できないんだろう?なにか原因があるんじゃないかな?と考えたんです。

 

 

かわいそうな親だった

 

親に感謝できない理由として、自分が物心ついたときから親が「かわいそうだった」ことが大きいんじゃないかと思います。

 

私の家庭は父が何にもしない暴力的な人だったので、小さいころから母ばかりつらい目にあっているのを見ていました。子供ながらに母から「お母さんはこんなにつらいんだよ、かわいそうなんだよ」というオーラとか「あなたのためを思ってお母さんは苦しんでいる」といった悲劇の態度を感じて育ってきました。

 

母からすれば「子供のために全てを捧げている自分はえらい、いたわってもらうべき」という気持ちだったのかもしれません。でも、それは愛情ではなくて自己犠牲だと思うんです。ただの自己犠牲。

 

愛情というのは本来、「自分がそうしたいから」する無条件のほどこしです。
子供のために何かする行為が辛いなら、それは「本当はしたくないのにしている」ということ。

つまり、義務からの行為ですよね。

 

心からしてもらった行為(=愛)は「感謝」で返せるけど、自己犠牲によるかわいそうな義務行為をしてもらったところで返せるのは、ただ「申し訳ない」という気持ちではないでしょうか。「感謝」ではありません。

 

何かをしてもらって「申し訳ない」と思うのは、自分を責めている時だと思います。責められているときに「ありがとう」なんて言えませんよね。そういうことです。

 

自己犠牲の行為を受けている人(かわいそうな親の子供)は、そこに愛情を感じることはできません。何かを感じるとすれば、それは「恩」です。「恩」はいずれ返さないといけないものです。

親に「何かをしてもらう」ごとに、いずれ返さないといけない、してもらっている自分は悪い、申し訳ない、となってしまって感謝どころではありません。そんなのありがたくない。

 

 

親が感謝を強要してくる

 

親に感謝できない理由として、「感謝を強要されるから」という場合もあるかもしれません。私の親もことあるごとに「感謝しなさい」と言ってきます。今でも。

 

これは親に限ったことではないけれど、感謝は強要されてするものではないですよね。
感謝というのは、心からするものです。

 

親はこう言うでしょう。

 

こんなに頑張って習い事もさせて塾にも行かせて大学にも行かせてあげたのに、ありがとうも言わないなんて。

 

そういう親に限って、子供にいろんなことをさせているのは子供自身のためじゃなくて自分のためなんですよね。世間から見える自分のため。

 

「感謝しなさい」と言われて、思ってもいないのに「ありがとう」と言わなければいけないからもやもやしてしまう。感謝はやっぱり強制されてできるものじゃありません。

 

というか思ったんですが、人に「感謝してね」って普通なかなか言わないですよね。たとえ誰かに親切にしてあげることがあっても、その人に「感謝してね」と言おうなんて思いつきもしません。逆にそんなこと言われたらその人の人間性を疑います。

 

親子というのは怖い。血が繋がっているというだけで普通の人付き合いが途端にできなくなってしまう。

 

 

親に感謝したくない・できないならしなくてもいい

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親に感謝できないことに対して自分を責めてしまうというのはよく分かります。私もずっとそうでした。

 

まわりの人たちが父の日母の日にプレゼントをしたりするのを見たり、いろんなところで「お世話になったご両親へ」とか「それでもやっぱり親には感謝しないと」とか聞くたびに、感謝できない自分はだめなんだと感じてしまう。

 

でも、感謝できないのは自分のせいじゃない。本当のまっすぐな愛情を受けていたら、感謝も自然にしたくなるものなんだと思うし。

 

「親孝行」とか「両親への感謝」とかいう言葉を聞いてざわざわするなら、あえて感謝をする必要はない。

 

自分が嫌な気分になるのに感謝するふりして親を喜ばせて、自分を犠牲にしなくてもいいんです。子供に嫌な思いをさせながら感謝をされて満足するような人に自分の気持ちを曲げる必要はありません。

 

そこで自分の気持ちを犠牲にしてしまったら、なんでも犠牲になることしかできなくなる。自分を犠牲にすることしか知らないまま大人になってしまったら、自分が親になったとき、同じような「自己犠牲」を子供に見せてしまうことになります。そうして同じことを繰り返す。

 

そういう意味で、親もそのまた親に同じような育て方をされてきたのかもしれないですね。

 

だから、自己犠牲の連鎖を止めるためにも、親に感謝できないならしなくてもいいんです。

 

という私もこう思えるようになったのはつい最近のことです。